カーリング女子のスキップとして活躍する藤沢五月選手は、2023年夏にボディメイクコンテストへ出場したことで大きな話題を呼びました。氷上とはまるで異なるムキムキの肉体美が日本中に衝撃を与えた一方、コンテスト後には元のふっくらとした色白の姿に戻ったと報じられています。本記事では藤沢五月さんのボディビルへの挑戦の経緯、やめた理由、そして現在の状況や経歴を詳しく紹介します。
藤沢五月のプロフィール
まず、藤沢五月選手の基本的なプロフィールを確認しておきましょう。
| 本名 | 藤澤五月(ふじさわ さつき) |
| 生年月日 | 1991年5月24日 |
| 出身地 | 北海道北見市 |
| 身長 | 156cm |
| 所属 | ロコ・ソラーレ |
| ポジション | スキップ |
| 主な実績 | 平昌五輪銅メダル・北京五輪銀メダル |
藤沢五月選手は1991年5月24日生まれ、北海道北見市常呂町出身です。身長は156cmで、カーリング女子チーム・ロコ・ソラーレのスキップを務めています。父親がカーリング選手だったこともあり、兄・姉と一緒に5歳からカーリングを始めたとされています。
藤沢五月の経歴
藤沢五月選手は幼少期から一貫してカーリングの道を歩んできました。北海道北見北斗高校に在籍していた2007年、チーム北見として第16回日本ジュニアカーリング選手権大会で優勝を果たしています。高校卒業後は地元を離れ中部電力に入社し、カーリング部の創設メンバーとして活躍しました。
中部電力では日本カーリング選手権大会において2011年から4連覇に貢献し、日本を代表するチームの柱として成長していきます。しかし2014年のソチ五輪出場をかけた代表決定戦で敗退し、自身にとって大きな転機となったとされています。
ロコ・ソラーレへの移籍
2015年に中部電力を退社し、北見のチーム・ロコ・ソラーレへ移籍します。移籍後の2016年には日本カーリング選手権で優勝を果たし、同年の世界女子カーリング選手権では銀メダルを獲得しました。2017年の平昌オリンピック代表決定戦では古巣・中部電力との対決を制し、念願のオリンピック初出場を決めています。
この大きな決断を伴った移籍は、彼女のキャリアを大きく飛躍させることとなりました。
オリンピックでの活躍
2018年の平昌オリンピックでは、日本カーリング史上初となるオリンピックメダルとなる銅メダルを獲得しました。このときのロコ・ソラーレの活躍はカーリングを日本に広く浸透させるきっかけとなり、ハーフタイムにお菓子を食べる「もぐもぐタイム」も一世を風靡しました。
さらに2022年の北京オリンピックでは銀メダルを獲得し、日本女子カーリング界の歴史に名を刻んでいます。
藤沢五月さんがボディビルへ挑戦した理由
2023年夏、藤沢五月選手がボディメイクコンテストへ出場したことは多くのファンに驚きをもって受け止められました。2024年4月にラジオ番組に出演した際、藤沢五月選手自身がコンテスト参加のきっかけを語っています。「元々体格的に食べることも大好きだったので、人生で1回でいいから絞ってみたいな」と説明したそうです。
また、フィットネス系YouTuberのカネキン氏の大ファンとして知られており、その影響でボディメイクへの関心が高まっていたとも伝えられています。カーリングの2023年オフシーズンを活用し、出場を決意したといわれています。
大会での成績
2023年7月22日、茨城県水戸市で開催されたボディメイクコンテスト「MOLA CUP」に出場した藤沢五月選手。ビキニクラスのオープン部門で2位(銀メダル)、同ノービス部門では3位(銅メダル)を獲得しました。カーリングに続いてボディメイクの舞台でもメダルを手にするという、ストイックな一面を印象づける結果となりました。
なお大会後はロビーで来場者にチーズケーキを配るなど、普段どおりの明るい人柄を見せたことでも話題を集めました。
ボディビルをやめた理由
では、なぜ藤沢五月選手はボディビルへの挑戦を一区切りとし、コンテスト活動をやめたのでしょうか。コンテスト出場のために体を絞りに絞った結果、シーズンスタートの記者会見での激やせぶりに関係者が心配するほどの状態だったと複数のメディアが報じています。
また、練習時にストーンをリリースする際によろけて倒れそうな姿が見られたとの証言もあり、肉体への負担は相当なものだったとされています。
本職への影響を考慮
コンテスト後の2023〜2024年シーズンはカーリングで思うような結果が出なかったとも伝えられており、本職への影響を考慮してボディメイク活動を封印する判断をしたとされています。「今のオフシーズンはボディーメイクを封印しカーリングと向き合う時間を作る」と本人もコメントしたといわれています。
新たな挑戦を潔く区切り、すべてをカーリングに捧げるその決断力こそが、トップアスリートたる所以かもしれません。
あくまでオフシーズン限定の挑戦
もともと今回のボディビル挑戦は「人生で1回だけ」「カーリングのオフシーズンを活用して」という位置づけだったとされています。カーリング選手として現役であり続けることが最優先であることから、コンテスト活動はオフ期間の一時的なチャレンジに留まったとみられています。
この特別なオフシーズンの経験で得た新たな気づきは、必ずや今後の氷上でのパフォーマンスに活かされていくことでしょう。
現在の藤沢五月は色白に戻っている?
ボディビルに挑戦していた当時のひきしまった体つきとは一転し、現在の藤沢選手は元の色白でふんわりとした姿に戻っているとファンの間でも話題になっています。コンテスト後に通常の食生活に戻したことで体が元の状態に近づいていったとみられており、カーリングの試合でも以前の愛嬌のある表情と笑顔が印象的です。
極限まで落とすボディメイクは期間限定の目標であり、競技者として最適な体調を維持することを優先しているのでしょう。再び出場する機会があるかどうかは未定ですが、競技への情熱はまったく衰えていないとされています。
まとめ
藤沢五月選手がボディビルへ挑戦した背景には、もともとの筋トレ好きと「人生一度は絞ってみたい」という個人的な挑戦心がありました。コンテストでは銀・銅とメダルも獲得しましたが、カーリングへの影響を考慮してその後は活動を封印しています。現在は元の色白な姿に戻り、カーリング選手としての活躍に再び集中しているようです。









