俳優としてこれまでに数多くの人気作品に出演している香川照之さん。誰しも一度はその姿を見たことがある俳優と言っても過言ではないでしょう。そんな香川照之さんですが、実は2022年に不祥事が報道されて以降、テレビで見る機会が一気に減ってしまっています。では香川照之さんはやらかしてしまったのでしょうか。
今回の記事では香川照之さんのやらかしと、東大卒という噂の真偽について紹介していきます。
香川照之は何をやらかした?
早速本題に入り、香川照之さんが何をやらかしてしまったのかについて見ていきましょう。
冒頭でも触れましたが2022年に香川照之さんはとある不祥事を起こしてしまい、自身の俳優としてのキャリアに大きな傷をつけてしまいました。その不祥事とは、銀座のクラブでの性加害事件です。
報道によると香川照之さんは2019年に銀座のクラブにてホステスの女性に対して性的暴行をおこなったといわれており、他にも髪を掴んだり服を破ったり等の暴行を加えたと報じられています。そういった香川照之さんのやらかしを報じた週刊文春に対して香川照之さんは全面的に非を認めており、謝罪していました。
香川照之はやらかし後、どうなった?
大々的に銀座のクラブでの性加害問題が報じられたことで、俳優としてのキャリアだけでなく自身の大幅なイメージダウンを免れることができなかった香川照之さん。報道後、香川照之さんは正式に自身の不祥事を認める形で謝罪会見を開き、当面の間の芸能活動休止を発表しています。
香川照之さんが実際に今回のやらかしで活動休止していた期間は約4ヶ月で、2022年8月に週刊誌が報じてから2022年の12月まで活動を自粛していました。2022年12月に歌舞伎俳優として復帰して以降、徐々に活動頻度を元に戻しています。しかし一部のファンからは自粛期間が短すぎると言った厳しい声も相次いで寄せられていたそうです。
香川照之のやらかしは性加害問題だけじゃない?
実は週刊文春によって報じられた香川照之さんのやらかしは、性加害問題だけではなかったんです。銀座のクラブでの問題と同時に日常的に行われていた番組関係者への殴打や、マネージャーへのパワーハラスメントなども報じられており、これらの問題が一気に明るみになったことで香川照之さんは活動休止を余儀なくされたと言っても過言ではありません。
ただ、性加害問題だけでなくパワハラなども横行していただけに、やはり一部の方からはどうしても復帰が早すぎると言った不満が上がってしまったのではないでしょうか。
香川照之の現在は?
香川照之さんのやらかしから既に4年ほどが経過した2026年3月現在、香川照之さんは以前と同じようなペースで俳優としての活動をおこなっています。直近で香川照之さんが出演している作品は下記のとおりです。
- 映画 宮松と山下(2022年11月公開): 宮松(主演)
- 映画 災(2026年2月公開): あの男(主演)
また、上記以外にも香川照之さんはやらかし以降歌舞伎俳優としての活動を中心に行っています。
香川照之は東大卒ってほんとう?
香川照之さんといえばネット上では東大卒であるとの噂も飛び交っていますが、果たして本当なのでしょうか。次からは香川照之さんの学歴を紹介します。
結論から述べると香川照之さんが東大卒であるというのは確かな情報です。以下、香川照之さんの学歴になります。
- 暁星学園:偏差値65-68
- 東京大学文学部:偏差値67-72
香川照之さんは中高一貫校の暁星学園を経て東京大学に進学、1988年に東京大学文学部社会心理学科を卒業されています。東大と言えば日本一賢いとされる大学ですよね!中には「首席で卒業した」とする情報もあるようですが、そちらについては明確な根拠はないようです。
高校時代の偏差値から見てもわかるように、香川照之さんは学生時代からかなり優秀な成績だったことが伺えます。しかしこういった学生時代に勉強に励んでいた時期や東大に行ったことは香川照之さんにとって、ずっとコンプレックスでもあったようです。
周りの目を気にして勉強に励んだ過去
若い頃は「東大を出てわざわざ俳優なんて」という見方をされたこともあったのだとか。確かに東大卒の中には日本を支える官僚や世界的な大企業に就職する方も多く、俳優になるという方はあまり多くはないのでしょう。
ですが、香川照之さんの「東大コンプレックス」は俳優になる前に抱えたものの、寧ろこのコンプレックスが俳優の道に進む理由の一つでもあったようですね。周囲の期待や視線を敏感に感じ、周囲の期待に応えるように勉強に励んだ香川照之さん。自分を押し殺して周りの目に応えてしまう自分のことがずっと卑怯なように感じていたそうです。そんな自分を許せずに、あえて東大を出て俳優という道を進んだのですね。
香川照之の経歴
ただ、香川照之さんは東大卒業後すぐに俳優になったわけではありませんでした。ここからは香川照之さんが俳優としてデビューするまでに辿った下積みともいえる経歴について紹介しますよ。
大学卒業後はアシスタントディレクターに
東京大学を卒業した香川照之さんは、卒業後TBSテレビの緑山スタジオ・シティでアシスタントディレクターとして仕事をしていました。いわゆる「AD」ですね。当時の業界柄、かなり厳しい職場環境で仕事を強いられていたそうです。
先輩からは連日怒られ通しだった一方で、後輩には横柄な態度を取っていたという香川照之さん。AD時代の三週間後輩には後に映画監督になった行定勲さんがおり、香川照之さん曰く「後にきっちりと復讐された」とも明かしています。
ADを経て俳優に
香川照之さんは父に歌舞伎役者の二代目市川猿翁さん、母に女優の浜木綿子さんを持ち、特にやりたいこともなかった香川照之さんは「親の七光りを利用しない手はない」と、消去法で芸能界を選んだとも言われています。俳優業を始める前に一度ADを行ったのも、母の浜木綿子さんから「役者やりたいんだったら、裏方の仕事わかってやんなさいよ」と言われたのが理由のようですね。最初は両親のネームバリュー、東大の経歴が騒がれ不遜な態度を取っていた香川照之さんですが、ある時撮影で100回NGを出されたことを契機に真剣に演技へ向き合うようになったそうです。
父との絶縁
香川照之さんの父、市川猿翁さんは香川照之さんが1歳の時に家を離れ、3歳の時には離婚、関わりは完全に絶たれていました。市川猿翁 若い頃に香川照之さんとは絶縁していたのですね。後に俳優になった香川照之さんは、それを機にお父さんに会いに行ったものの、対面した市川猿翁さんは息子に対して面と向かって「あなたは息子ではありません。したがって私はあなたの父でもない」「あなたとは今後、二度と会うことはありません」と拒絶したそうです。
和解を経て歌舞伎俳優に進出
出典:oricon
しかし、後に香川照之さんは市川猿翁さんの後妻、初代藤間紫さんの取り計らいによって和解し、香川照之さんは本名での芸能活動を継続したまま九代目市川中車を襲名、歌舞伎俳優に進出することとなりました。襲名の際に「猿之助の名前は140年続く。政明という長男がいて、この船に乗らないわけにはいかない」と語った香川照之さん。自身も俳優の道に進み、高い評価を得ていく中で、「歌舞伎の家に生まれたこと」を大事に思うようになったのですね。
最後に
今回は香川照之さんのやらかしてしまった不祥事を中心に、学歴や経歴などについて紹介しましたがいかがでしたか。
不祥事もあって一時は活動を休止したものの、現在は活動を再開している香川照之さん。これからの活動にも要注目です。









